
台湾政府による青年海外研修プログラム「青年百億海外圓夢基金計畫 I-3-2 日本メディア AIリーダーシップ」が、2026年8月19日から9月2日までの約2週間、東京で実施された。
20〜30代の台湾の若者20名が、日本のメディア産業の現場に触れながら、AIとコンテンツ、ジャーナリズム、広告など多様な視点から「これからのメディア」を学ぶプログラムだ。
参加者は期間中、朝日新聞社、日本コロムビアグループ、電通、TVer(ティーバー)、TBSテレビ、note、スマートニュースの7社を訪問し、各社がAIとどう向き合っているのかを現場の担当者から聞いた。
7社の事例から見えてきた、AI時代の「人とAI」の新しい役割分担をリポートする。
何をAIに任せるべきか
AIの活用が急速に進むなかで、日本のメディア企業は何をAIに任せ、何を人間の仕事として残そうとしているのか。現場担当者から聞いた7社の取り組みはそれぞれ異なっていたが、その問いへの向き合い方には共通点があった。
象徴的だったのが朝日新聞社だ。同社の角田克社長は2025年9月、社内会議で「AI全振り」という新たなスローガンを打ち出した。
2026年4月に日本経済新聞のインタビューでも語ったこの言葉は、疑問や批判も含め、大きな注目を集めた。
しかし、朝日新聞が目指しているのは、仕事を丸ごとAIに任せることではない。朝日新聞社メディアトランスフォーメーション統括補佐の東岡徹氏は、「AI全振りとは、すべての記事をAIに書かせることではない。AIと人間の役割分担を最適化することだ」と話す。

AIを積極的に導入しながらも、「人間が担う仕事」を意識的に残す必要があるとし、例えばそのために、新人記者には一つのルールを課している。
入社1年目は、AIは資料整理や翻訳、データ分析には使用できるが、記事を書く際には使ってはいけないというルールだ。
同社では、新人はまず「自分で考え、自分で書く」力を身につけなければならず、最初から思考そのものをAIに委ねてはいけないと考えている。社内では、「1年間で果たして十分なのか。2年目、3年目まで延ばすべきではないか」という議論さえ行われている。
「個人のスタイル」が薄れる可能性
若手の育成については、電通も同じ問題意識を持っている。
dentsu Japan チーフ・AI・オフィサーの並河進氏は、若手コピーライターに「周辺スキルはAIに任せられても、コアスキルは自分で鍛えるしかない。仕事をAIに投げ、出てきたものをそのまま提出していては、いつまでたってもコアスキルは身につかない」と繰り返し伝えているそうだ。
並河氏によれば、AIが判断する「良いコピー」は社会の平均値に近づきやすい。AIを使い続ければ、効率は上がっても、個人のスタイルが薄れていく可能性があるという。

その傾向は、電通が2024年に行った実験の数字にも表れている。
コピーライターが独自開発したAI支援ツールを使用した場合、平均的な品質が約5%向上した(同社が設定した評価指標を基準に算出)。しかし、最も高いスコアを獲得したのは、AIをまったく使わなかった人のコピーだった。
「AIは平均を引き上げることはできる。しかし、最も優れたもの、人の記憶に残るものを生み出すために必要なのは、一つのアイデアの背後にある人やモノの『物語』だ」と並河氏は話す。
AIが参加できる形に仕事のシステム自体を整える
一方、TVerが先に手をつけたのは、利用者の目に触れるサービスではなく、その裏側だった。
この1年で、サービスの裏側で動くシステム(バックエンド)のコードを「AIがより読み書きしやすい」構造へと整理し直した。
これまで数カ月かかっていた開発は数週間で完了できるようになり、従来なら2〜3年かかると見積もられていたシステム刷新も、2〜3カ月への短縮を目標にできるようになったと、同社代表取締役社長の大場洋士氏は説明する。
TVerは、AIを使って新しいコンテンツを一つ作ろうとしているのではない。まず、会社全体の「仕事をする環境」そのものを、AIが参加できる形へ作り変えようとしているのだ。

AIが流入経路を変えたとき、コンテンツはどう「発見」されるのか
今回の訪問で、とりわけ印象的だったのがnoteだ。
メディアプラットフォームのnoteは現在、日本国内でトラフィック13位のウェブサイト(Similarweb調べ、2026年6月1日時点)であり、同時に、日本の主要AI検索サービスでYouTubeに次いで2番目に多く引用されるウェブサイト(Ahrefs調べ、2026年7月公開)でもある。
ChatGPTの回答の根拠として、noteの記事が引用されるケースも少なくない。代表取締役CEOの加藤貞顕氏によれば、noteへのAI経由の流入は、検索流入から予測される期待値の約4倍に上るという(ヴァリューズとnoteの共同調査)。
かつては、検索エンジンがどの記事を検索結果の1ページ目に表示するかを決めていた。いまはAIが、どの記事を回答の中に登場させるかを決め始めている。今後、読者の目に触れるために重要になるのは、「AIの回答の一部になれるかどうか」だ。
noteは、AI企業と法廷で争う道を選ばなかった。大手AI事業者に直接アプローチし、「提供に同意したクリエイターの記事を、適正な対価とともに活用してほしい」と交渉した。そして契約成立後、その収益の一部をクリエイターへ還元する仕組みをつくった。
多くのメディアが、AI企業を訴えるべきかどうかを考えている間に、noteはすでに、AI経由のトラフィックを新しいビジネスへと変え始めている。

一方、また異なるアプローチをとっているのが、ニュースアプリのスマートニュースだ。
スマートニュース内のAI要約機能は、同じニュースを報じた複数のメディアの立場を、一本の要約の中に並べて示す。その際、「一つの主張につき、一つのメディアを引用する」よう意図的に設計されており、要約の各ポイントにどのメディアの記事に基づくかが表示される。
AIが複数の記事を混ぜ合わせ、単一の語り口に書き換えてしまうことはない。読者は同じニュースについて、複数メディアの視点を一度に確認できるのだ。
スマートニュースのVice President of JP Media Businesであるホンランドン氏によれば、AI要約を読んだあとでも、一定数の読者が元記事のページをクリックしているという。AI要約は元記事を読む機会を奪うのではなく、元記事への送客にもつながっている。

効率化の先で、支払うことになる代償
AIの利用料が人件費を下回るのなら、企業は業務を全面的にAIへ切り替えるべきなのだろうか。
TVerでは、すでにこの問いを具体的な数字に落とし込んで検討しているが、効率化とは別の面での懸念もあるという。同社の経営幹部は、率直な思いをこう語った。
「日本のエンジニアに給料を払えば、そのお金の多くは日本国内に残る。でもAIに切り替えれば、海外の大企業に流れることになる」
AIは積極的に活用すべきだが、日本企業が大量の仕事をアメリカのテクノロジー企業のAIへ委ねるようになったとき、長期的には日本の国力低下につながるのではないか。そんな複雑な思いがあるという。
さらに、スマートニュースは、メディア業界が直面する可能性のある代償を、4つに整理している。
- AIのハルシネーション:誤りを人間が見逃したとき、誰が責任を負うのか。
- ゼロクリック:AI要約だけが読まれ、元記事がクリックされなくなれば、メディアの広告収入はどうなるのか。
- フィルターバブル:アルゴリズムがAIへの依存を強めることで、読者が触れる情報の世界がさらに狭くならないか。
- AIによる低品質コンテンツの氾濫:生成コストがほぼゼロになったとき、低品質なコンテンツがインターネットを覆ってしまわないか。
権利をめぐるリスクへの対応
AIを使ってコンテンツをつくる側には、権利をめぐるリスクもある。
老舗レコード会社の日本コロムビアを傘下にもつ日本コロムビアグループでは、近年、AIクリエイターのネットワークを組織し、AIを活用した映像等のコンテンツを制作する事業に乗り出している。
そこで課題になるのが、AI生成コンテンツが既存の著作物に似すぎてしまうという問題だと日本コロムビアグループ AX推進室長の高橋典子氏。

同社が開発した「Stop Fake™(ストップフェイク)」は、AI生成物の最大の懸念である著作物、肖像、商標の類似リスクに対し、独自に最適化したAIでスキャンし既存著作物等との類似性を自動判定するシステムだ。
訪問時のデモンストレーションでは、アニメーション映像に登場する白い小型車が外資メーカーの某特定車種に似ていることをシステムが検出。これを「中」リスクと判定し、AIクリエイターに画像の変更を提案していた。
AIでコンテンツを速くつくれるようになるほど、「これは本当に使ってよいのか」を判断する場面は増えていく。その判断を担うのはAIか、それとも人か。ここでも問われているのは、人とAIの役割分担なのだ。
AIは「原液」をつくれない
自ら考え、発想すること。そして、使ってはいけないものを見極め、判断すること。ここまで見てきた人間の役割に加え、複数の企業が挙げたのが、AIにはつくれない「もと」を生み出すことだった。
TBSテレビ特任執行役員の竹下隆一郎氏は、誰もが知る飲み物「カルピス」を例に、ニュース産業とAIの関係を説明した。
「深いインタビューが『原液』で、AIはそれを希釈するためのツールです」
カルピスの原液が、水や炭酸水などと合わせてさまざまな飲み物になるように、深いインタビューという「原液」があれば、AIを使って動画、文章、漫画など、さまざまな形へ展開できる。
しかし、原液そのものをAIがつくることはできない。そのためには、取材する側が、実際に一人の人間と向き合って座り、問いを投げかけ、相手の話を聞かなければならないからだ。

原液に欠かせないのは、取材する側だけではない。竹下氏は、北朝鮮をテーマにしたドキュメンタリーを例に挙げた。
映像そのものは、AIによって補うことができるかもしれない。しかし、自分に危険が及ぶかもしれない内容を、カメラの前に立って語れるかどうか。それを決断できるのは、取材を受ける本人だけだ。
取材する側の役割については、朝日新聞社の東岡氏も同じことを語った。
AIが取得できる情報の多くは、すでにインターネット上に公開されている。記者は現場へ行き、人と会い、苦しんでいる人のそばでともに時間を過ごすことで、初めて「あなたになら話します」という言葉を引き出すことができる。こうした本音を、AIが聞き出すことはできない。
日本企業がAI時代に手放さないもの
今回の訪問で、台湾の若者の一人がこう質問した。
「日本の人たちは、AIがつくったコンテンツに抵抗を感じないのでしょうか?」
日本コロムビアの高橋氏は、次のように答えた。
「確かに、AI生成コンテンツを好まない人は一定数いる。しかし、100年以上の歴史を持つ老舗レコード会社として積み上げてきた『ブランドへの信頼』があるからこそ、最終的には『この会社が出すものなら』と受け入れてもらえることがある」
長年築いてきた信頼が、AIを使った新しい表現を世に出す土台になっているのだ。
一方TBSテレビでは、その信頼を損なわないためのルールを設けている。AIを使用できるのはイメージや参考素材を制作する場合に限られ、コンテンツそのものの制作には使用できない。AIが生成した映像を実際の記録だと思わせ、視聴者を欺くことがないようにするためだ。
AIによって制作スピードは上がり、クリエイティブの選択肢も増える。しかし企業は、効率と引き換えに信頼を手放すことはできない。

7社の話から見えてきたのは、日本のメディア企業がAIを「神」のように崇めてもいなければ、「敵」とみなしてもいないということだ。
AIが何を、どこまでできるのかを冷静に見極め、任せられる仕事はAIに任せる。そのうえで、リソースや人材育成を、AIにはできない小さな領域へ集中させる。信頼という土台を守りながら、AIとの共創を一歩ずつ進めているのだ。
現場に行くこと。信頼を築くこと。リスクを引き受けると決断する瞬間。そして、自ら経験したからこそ得られる物語。AIがすぐそばまで来たいま、これらこそが、これからの10年、人間が本当に守るべきものなのだろう。
