ひまネタNEWS(^o^) | スキマ時間にちょっとしたネタを提供スキマ時間に、話題のまとめを一気読み 全サイト自動巡回中
HIMA NETA ORIGINAL READER
本文だけモード WIRED.jp IT・ガジェット 約11分で読めます

スピルバーグは『ディスクロージャー・デイ』で過去のヒット作を再生する

読みやすさ この端末に設定を保存します
書体
文字
背景

広告・ランキング・関連記事を除き、配信元の安全な文字装飾だけを残しています。

前作の公開から4年近く待たされて、ようやくスティーヴン・スピルバーグの新作が公開された。めずらしく長い間隔が空いたが、それも当然だろう。いまなお第一線の娯楽映画監督ではあるスピルバーグも、2026年12月で80歳になる。

『ジュラシック・パーク』『シンドラーのリスト』(1993年)、『マイノリティ・リポート』『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002年)、『宇宙戦争』『ミュンヘン』(05年)など、驚異的な傑作ラッシュの時代は、すっかり過去のものとなったようだ。

前作の『フェイブルマンズ』(22年)は極めて自伝的な作品だったから、普通の映画監督ならそれを最後に引退してもおかしくない(そもそも普通の監督に撮れる作品ではないが)。映画と出合い、のめり込んだ子ども時代──やがて映画は彼をかたちづくり、彼は映画というものをつくり変えた──の思い出を含め、自分の人格形成期を深く掘り下げたスピルバーグが、次に取り上げるのは何だろう?

最新作『ディスクロージャー・デイ』は、そんな問いに最高の答えをくれる。若返りのアドレナリンを注入するかのようにプロレスの試合で幕を開けるのだ。スピルバーグにしてはいつになく荒っぽいシーンだが、これは巧妙な目くらましでもある。その観客席の一画では、リング上よりはるかに大事な意志と意志のぶつかり合いがひそかに繰り広げられているからだ。

※編注:以下ネタバレを含む。

ダニエル・ケルナー(ジョシュ・オコナー)は、頭の切れるサイバーセキュリティのエキスパートで、怪しげな非政府組織WARDEX(Waived Reporting, Development, and Extraction/報告免除・技術開発・回収)の秘密を告発しようとしている。元上司のノア・スキャンロン(コリン・ファース)は、それをなんとしても阻止しようとする。この組織は、地球外生命体が存在し、しかもすでに地球に来ていることを示す証拠を、何十年も隠蔽してきたのだ。

ダニエルは、恋人のジェーン(イヴ・ヒューソン)と共に、決定的な証拠を収めたデバイスを持って逃亡し、これを公開しようとするが、スキャンロンとその手先は、その前に彼らを抹殺しようとする。米国の国際的監視網を告発したスノーデンさながらの良心の呵責に駆られたダニエルは、真実は誰かの所有物ではなく、「80億人の人々のもの」だからだと説明する。

そう考えているのは彼ひとりではない。反旗を翻したWARDEXの従業員はほかにもおり、それを率いるヒューゴ・ウェイクフィールド(コールマン・ドミンゴ)の助けで、ダニエルは辛くも追っ手から逃れる。

もうひとり、自覚のないままに力強い味方となるのが、マーガレット・フェアチャイルド(エミリー・ブラント)だ。ミズーリ州カンザスシティの気象キャスターだったマーガレットは、突如として不思議な力を手に入れる。朝の天気予報を伝えようとしたとき、まるでプレデターに取り憑かれたかのように、喉の奥から奇妙なクリック音を出し始めるのだ。これはどういうことなのか? さらにマーガレットは、突然人の心が読めるようになる。いったいなぜ?

まもなくマーガレットも、困惑するパートナーのジャクソン(ワイアット・ラッセル)と共に逃亡することになる。ストーリーの行き先が見通せないまま、ここからはおなじみのスピルバーグ節で展開していく。

国を横断するふたつの逃避行をクロスカッティングの手法で交互に描き、息もつかせぬ追跡劇がテンポよく続く。なかでもクルマが貨物列車とがぶつかり合ってお約束通り大破するシーンはわかっていても、驚くほど軽やかな演出で撮られている。

スピルバーグの真骨頂は衰えず

スピルバーグは、熟練の技で語り口を自在に切り替え、畏怖の念を呼び起こすと同時に、はちゃめちゃに笑える雰囲気も醸し出す。この両極端な印象を味わえるのが、前半にスキャンロンとダニエルが対決するシーンだ。

老獪で凶悪そうなファースが、めずらしく冷酷な悪役に徹しているのに対し、オコナーはどんな苦境に陥っても独特のちゃめっ気を失わない。いずれも過去に英国王を演じた──ファースは『英国王のスピーチ』(10年)で、オコナーは2シーズンにわたって『ザ・クラウン』で──ことを思い出すと、ふたりの対立がいっそうコミカルに見えてくる。

このいかにも米国らしいロードムービーには、奇抜な趣向がいくつも凝らされているが、その最たるものが中心人物を英国人俳優(加えてアイルランド出身のヒューソン)で固めたことだ。なかでもブラントの起用は大当たりだった。得意のコメディーとアクションを生かしつつ、これまで以上に情感豊かな演技を見せ、突飛な確信が次々と湧き上がるマーガレットを魅力たっぷりに演じている。

狂気じみた「北極星」に導かれるように進むマーガレットの姿は、『未知との遭遇』(77年)のなかで、UFOを目撃した少数の選ばれし人々が、奇妙な信奉者として描かれていたことを思い出させる。

想起される過去のスピルバーグ作品はこれだけにとどまらない。ロズウェル事件に触れる場面からは、『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(09年)の異星人をめぐるドタバタ騒ぎがよみがえる。脚本も本作と同じデヴィッド・コープだった(コープは、やはりエイリアンが登場する『宇宙戦争』も共同で脚本を担当した)。

マーガレットがテレパシー能力を使い始める場面では、『マイノリティ・リポート』で、すれ違う人に次々と不吉な警告をするアガサの姿を思い出す人もいるだろう。さらには、ジャーナリズムを題材にしたサスペンス『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(17年)を思わせるシーンもある。これも情報開示を軸に展開する作品で、報道すれば国の安全を深刻に脅かすことになると権力者から警告を受ける。

だが、本作の真の脅威は宇宙人ではない(ときおり映る宇宙人は、灰緑色で洋梨型の頭をした、いかにも典型的な姿をしており、無防備で、か弱くすら見える)。スキャンロンに言わせれば、真の脅威は人類そのものだ。人間はひどく高慢で、互いに分断されているため、宇宙人が存在するという知識にうまく対処できないというのだ。

スキャンロンとWARDEXは、この不愉快な人間観を自ら現実のものにしてしまった。何十年ものあいだ、宇宙人を拷問して筆舌に尽くしがたい苦痛を与え、そうした虐待の証拠を隠蔽してきたからだ。ここで『E.T.』(82年)を思い出す人もいるだろう。楽観的なあの作品でも、異星からの訪問者は意思に反して捕らえられていたが、今回の遭遇はそれとは正反対で、まったく優しいものではない。

『E.T.』への愛と惰性の境界

2026年2月、元大統領のバラク・オバマの発言が波紋を呼んだ。YouTuberであるブライアン・タイラー・コーエンのインタビューのなかで、宇宙人は「実在するが、わたしは見たことがない」と言ったのだ(オバマはのちにInstagramでこう補足した。「地球外生命体との接触があったという証拠を大統領の任期中に見たわけではない。本当だ!」)。

このインタビューが投稿された数時間後、「機密情報」を漏洩したと言ってドナルド・トランプはオバマを非難した──が、そのあとも負けじと、UFOやUAP(未確認異常現象)に関する政府文書を公開すると表明した。

これを受けて5月、国防総省は「一度も公開されたことのない」映像を公表し、今後も情報公開を続けると約束した。だが、ここまでに公表された内容では、曖昧で決定的な証拠にはならないという評価が大勢を占める。

『ディスクロージャー・デイ』にとっては、現実の出来事によってタダで宣伝できたも同然だが、現実の出来事が映画の勢いを削いでしまったとも言えるかもしれない。

そもそも、ネタ自体が少々使い古されているものばかりだ。一応は現代が舞台だが、深刻ぶって何度も取り沙汰される第三次世界大戦の危険性も、ひと昔前によくあった夏の超大作を思わせる。

それは映画のタイトルが、90年代にSF映画の基礎を築いたふたつの大作、『インデペンデンス・デイ』と『ターミネーター2』(原題:Terminator 2: Judgment Day)を彷彿とさせるからだけではない。コープの脚本には、『Xファイル』に出てきた政府の暗い陰謀から、M・ナイト・シャマランの『サイン』(02年)に登場したミステリー・サークルまで、さまざまな要素が詰め込まれている。

ある種のノスタルジーも感じられ、なかでもマーガレットが所属するカンザスシティの放送局が重要な役割を果たす点などは、無邪気と言いたくなるほどだ。ダニエルとマーガレットの革命がテレビで中継されるとしたら、確かに感動的ではある。それは、米国のニュース番組という、政治的な二極化によって存続の危機にあるメディアが、意外にも世界をひとつにまとめる力を発揮する可能性を示しているからでもある。

要するにコープの脚本は、人間がこうした真実に直面したときに想定される最良の反応と最悪の反応を誇張して描いているのだ。スピルバーグは、巨悪を暴くサスペンスらしいシニカルな陰謀スリラーと、おなじみの希望に溢れた感動作との中間を狙おうとする。

結局はこの優柔不断さがあだとなり、『ディスクロージャー・デイ』は、誠実ではあるが、どっちつかずの状態に陥っていく。異種族間の相互理解という、あたりさわりのない訴えでは、いくら名匠ジョン・ウィリアムズの音楽に盛り上げられても、がっかりするほど涙は出なかった。

ドミンゴ演じるヒューゴは、本作のなかでもとりわけ長広舌のなかで、「共感には進化上の利点がある」と言ってその大切さを訴える。だがそれよりも、目立たない役柄であるシスター・モーラ(エリザベス・マーベル)のほうが、説得力があった。

このカトリックの修道女は、寛大で進歩的な信仰観を示す。地球外生命体の存在は、神の存在を否定するものではなく、むしろ神がその創造物である宇宙と同じように、人間の理解が及ばないほど偉大であることの証しだと説く(この部分は、本作の脚本のなかで最もタイムリーで知的な問題提起と言えるかもしれない。トランプによるエイリアン情報の公開には、その大きな支持基盤である保守的キリスト教徒にとって「不安を覚える神学的な含意」があると『The New York Times』のルース・グレアムは指摘している)。

スピルバーグは不可知論者を自認しているかもしれないが、ある種の奇跡は熱烈に信奉しており、本作にも科学技術の「しるしや不思議な業」が溢れている。スキャンロンの最も危険な武器は、言ってしまえば歯医者の椅子だ。ただしこの椅子では、ドリルで穴を開けるように敵の心に入り込み、操ることができる。

マーガレットが自身と仲間を透明にできる能力を手に入れるシーンでは、奇術師フーディーニも顔負けの鮮やかなトリックに、この映画自体が、まったく無関係な別のもの──映画という魔法そのものを描く作品──に変わってしまったのかと目を疑う。

残念ながら、その後の感傷的なシーンでその比喩が決定づけられる。あるキャラクターを、正確に再現されたマーガレットの子ども時代の家──つまりは映画のセットの象徴──へ導き、過去にそこで起きてトラウマになった出来事をよみがえらせ、明らかにしていくのだ。

前作『フェイブルマンズ』では、家庭内の苦悩をこれでもかというほど掘り下げた。以前から自分自身を題材にするタイプの監督だったとはいえ、スピルバーグともあろうものが同じことを繰り返すだけなのはいただけない。

『ディスクロージャー・デイ』は知的な刺激に満ちた作品だ。本作が曖昧にしているのは、人類と異星人との境界ではない。『E.T.』への愛ある回帰と、惰性的な焼き直しとの境界なのだ。

(Originally published on The New Yorker, translated by Megumi Kinoshita/LIBER with permission from The New Yorker, edited by Nobuko Igari)

※『WIRED』による映画の関連記事はこちら



『WIRED』日本版のポッドキャストを配信中!

スピルバーグは『ディスクロージャー・デイ』で過去のヒット作を再生する

編集長による記事の読み解き、雑誌の編集後記、アーティストやクリエイター、SF作家、フードイノベーションのスペシャリストなど、さまざまなゲストを交えたトークをお届け。 最新エピソードはこちらから→ Spotify / Apple Podcast

元のページを確認する

必要な場合のみ、広告などを含む配信元ページをフレームで表示できます。