縦割りの組織で、それぞれの立場から見た「当たり前」をどうすり合わせるか。全社を巻き込む大規模プロジェクトにおいては、要となる判断だ。
コクヨのWeb担当者である安達沙樹氏は中途入社で、プロジェクトで最年少でありながらリーダーを任された。顧客も商材も異なる事業部のサイトをひとつに統合する際に悩んだのは、全社最適と部門最適のバランスだ。対象3万ページ、関係者100人におよぶ大規模プロジェクトを通じて、安達氏が身につけたマイルールとは。
納品して終わり、への葛藤。 変化を求めてコクヨへ
ルール1気になったことは、素直に伝える
安達氏は新卒でWeb制作会社に入社し、ディレクターとしてインテリアメーカーや食品メーカー、化粧品メーカーなど、幅広い業種のサイトの立ち上げやリニューアルを担当した。
入社から4年ほど経った頃に、安達氏は転職を考えるようになった。その理由は、サイトを納品した後の効果測定や改善などに携わる機会が、なかなか持てなかったためだ。
制作会社は、基本的に制作して納品するまでが仕事の範囲です。その後の改善提案をする機会もありましたが、予算の兼ね合いなどから社内で運用されるケースも多かったです。そうなると、自分の手がけた制作物がどんな成果を生み出したのか、という検証ができないままプロジェクトは終わります。そこに、もどかしさを感じていました(安達氏)
Webサイトのリニューアルや立ち上げ後の運用にも携われる仕事がしたい。そう考えた安達氏はユーザー企業への転職を考えるようになる。転職先を探す軸は、「変化の局面に立たされている企業である」こと。それはなぜだろうか。
私はルーティンワークが苦手なので、安定したWebサイトを粛々と運営するのは向いていないと感じていました。そして、会社が変化の真っ只中にあり、Webサイトを新たなコミュニケーションのプラットフォームにしていきたいと考えている企業を探していたんです(安達氏)
安達氏はエネルギー業界の企業も視野に入れていた。当時、「脱炭素」が取り沙汰され、逆風が吹いている業種だったからだ。では、その頃のコクヨは、どのような変化の局面にあったのだろうか。
コクヨに対しては文房具の会社というイメージが強く、最初は今後の伸びしろが少ない業種だと思っていました。ただ、調べていくうちに実はオフィス家具や空間デザインなど、事業の幅を広げていることを知り、興味を持ちました(安達氏)
コクヨを転職先にするにあたっては、少し気がかりな点もあった。当時の採用面接では男性社員にしか会えず、女性の社員が出てこなかったことだ。その違和感について、安達氏は人事担当者に率直に話した。
隣の部署の責任者の女性社員と話す機会を作ってもらうことができました。そして、女性の働き方や、どんなライフステージの女性社員がいるのかを聞くことができたんです。自分がコクヨで働いているイメージをもつことができました(安達氏)
違和感をそのままにせず、素直に確かめる安達氏の姿勢は、入社後のプロジェクトでも生かされることになる。
「全社最適か、部門最適か」リニューアルの軸を定める
ルール2対話を重ね、俯瞰する視点を持つ
安達氏はコクヨに入社し、「コクヨのヨコク」というブランドサイトと、公式Instagramの立ち上げを担当する。そして、入社して1年ほど経った頃、コーポレートサイトの統合リニューアルのプロジェクトリーダーを任される。
このプロジェクトは、事業ごとにドメインがわかれていたWebサイトをすべて「kokuyo.com」というドメインにまとめるものだ。コクヨは事業ごとに分社化していた時期があった。文具、オフィス家具、オフィス空間設計、オフィス通販、コーポレート機能で別々の会社だったために、ドメインの異なるWebサイトが複数存在していたのだ。
このプロジェクトはドメインの統合だけでなく、コクヨが多面的な事業を展開する「WORK&LIFE STYLE Company」であることを伝える目的もありました(安達氏)
対象となるのは約3万ページ、関係者は100人にもおよぶ大規模なプロジェクトだ。しかも安達氏は、社内に知り合いが少ない中途入社であり、プロジェクトの中では一番の若手だった。上司と共にプロジェクトを進めていく中で、壁となったのは、関係者が大きな方針には賛成してくれるものの、多くの懸念点をもっていたことだ。
弊社のビジョン「WORK&LIFE STYLE Company」やコーポレートメッセージ「好奇心を人生に」を掲げるコクヨの「正しい今」を体現する方法の一つとして、ドメインを統合し、サイトを一本化する方向性には賛同してもらっていました。
ただ、各事業の特色が異なるため、Webサイトに求める役割が違っていました。たとえば、文具はBtoCなのでECに誘導することがゴールですが、オフィス家具はBtoBなので商談につなげたい。「サイトを統合したことで、問い合わせが減るなど悪影響が出るのではないか」という懸念の声があがっていました(安達氏)
大人数で参加する会議で意見が出たときに、一人ひとりの担当者の本音やその背景までをその場で確認することは難しい。安達氏は、会議後に担当者と個別に時間を取ってもらい、話す機会をもつことにした。
個別に深掘りして聞いてみると、発言の背景にはさまざまな考えや心配事があることがわかりました。その点を理解したうえで進めていくように心がけました。私自身、このプロジェクトに携わるまでは事業と関わる機会が少なかったので、事業の理解度を高める機会にもなりました(安達氏)
地道な対話の積み重ねで、各事業の担当者の懸念点を払拭しながら、プロジェクトは進んでいった。こうした安達氏の動きは、後に事業側の責任者からは「ガッツがある」と評価された。
また、安達氏が特に判断に悩んだのは、「全社最適と部門最適のどちらを優先するか」だった。そんなときに、上司のこんな言葉に助けられた。
「プロジェクトのゴールは、まだ実現できていないコクヨのブランディングをひとつの世界観にまとめること。だから、部門最適だけを優先して進めるべきではない。かといって、事業の課題や懸念を無視していいわけでもない。ひとつの世界観のなかで、事業横断で合わせることはどこなのか、細かく因数分解していけば答えがみえてくるんじゃないか」
その言葉をきっかけに、メンバー全員でコーポレートサイトとしてあるべき姿を考えるとともに、リーダーとしてプロジェクト全体を俯瞰し、方向性を見定めることを心がけるようになりました(安達氏)
「すべてを100点に」 完璧主義を手放してみたら……
ルール3自分でやること、任せることを切り分ける
プロジェクトが進むにつれ、物理的な仕事のボリュームが課題となってきた。旧サイトの合計約3万ページを、作り直すもの、移行するもの、廃止するものに仕分ける必要がある。移行するものはどのようにデータを引き継ぐのかなど、システムも関連した検討が必要だ。
同じ部署のメンバーから2人に応援に来てもらい、派遣社員の方にも加わってもらいました。ただ、難しかったのはメンバーみんなに、ほとんどWebの知見がなかったことです。専門的なことを説明してメンバーに理解してもらうより、自分でやった方が早いと思い、仕事を抱え込んでしまったんです。結果として、業務が止まってしまうこともありました(安達氏)
働き方にも無理が出てきてしまい、安達氏は一人で仕事を抱える限界を感じた。そこで、「急がば回れ」の気持ちで、仕事の整理から始めることにした。まずは、自分がやるべきことと、説明をしたうえで人に任せることに切り分けた。
人に頼む仕事は、仕事の目的やゴールを説明したうえで、その先は任せることにしました。私は几帳面な性格で、すべてを100点に仕上げたくなってしまうところがあります。そうならないように、コスト・納期・クオリティのどれを守るべきかを判断したうえで、守るべきところ以外は完璧を目指しすぎないように心がけました(安達氏)
実際に、一人で抱え込むのをやめてから、任せることの効果を実感できるようになった。
人に仕事を任せれば、自分が動かなくても複数の作業が同時並行で進みます。その結果、あがってきた成果物をじっくり確認し、より良くするための「調整の時間」が取れることに気づきました。そして、それぞれの仕事に対して、みんなの意見を出し合った方が、結果的に良いものに仕上がることも多かったです(安達氏)
デザイン会社とシステム会社との板挟み
ルール4こだわるところは、こだわりぬく
プロジェクトでもっとも判断が難しかったのは、デザイン会社とシステム会社が考える「当たり前」のすり合わせだ。今回は代理店を挟まず、コクヨが直接両社に発注する体制をとっていた。
たとえば、デザイン会社からは「空間事業の写真をより美しく見せるため、ユーザー環境に合わせて最適なサイズの画像を出し分ける仕様」が提案されました。
一方のシステム会社からは、「複数サイズの画像を事前登録する運用の煩雑さ」と「サイトの動作遅延」を懸念する声があがったのです。プロ同士の基準がすり合わず、どう落としどころをつくるか悩みました(安達氏)
公開納期が迫る中、安達氏は「画像の品質と日々の運用のどちらも妥協しない」と決断。話し合いを重ねた結果、「1枚の写真を登録すれば、システム側で自動的に複数サイズへ変換する仕組み」で着地した。
こういったユーザー体験のこだわりと運用しやすいシステムの実現を検証・実装するには時間がかかる。そこで、2025年10月の公開時はフロント画面のみを先行させ、裏側のCMSリニューアルは同年12月に行うという柔軟な手法をとった。
無事にリニューアルが終わった時はホッとすると同時に、「終わったけど始まった」という感覚でした。これからはWebサイトを育てていくフェーズになるからです。晴れやかな気持ちと、身が引き締まる気持ちが半分ずつでしたね(安達氏)
その言葉の通り、安達氏らはさっそく「サイトを育てる」プロセスを歩み始めている。リニューアル後の数字は順調に上昇し、スタート3週間の計測でPVは対前年比170%、総ユーザー数は180%と大幅に増加した。
また、安達氏が担当するコーポレートページでも滞在時間が対前年比125%と伸びており、コーポレート領域では特に「マガジン」や「コクヨを知る」といったコンテンツがよく読まれているという。しかし、安達氏は現状に満足していない。
今回のリニューアルでは、「コクヨを家具の会社だと思っている人に、空間事業やオフィス事業に気づいてもらう」「文具の会社だと思っている人に、家具も手がけていると気づいてもらう」ことも目的の一つでした。サイト内をより回遊し、コクヨの多様な事業を知っていただくためには、まだまだこれからです(安達氏)
かつて安達氏は、「自分の仕事がどんな成果を生んだのか、確かめられないまま終わっていく」もどかしさを感じていた。今の安達氏は、大規模なリニューアルを終え、サイトを育てていく過程に、ようやく立ち会うことができているのだ。