バブルが遺した「負動産」に暮らすということ

新潟県湯沢町(写真/PIXTA)
新潟県湯沢町。都心のマンションは価格が高騰し、2億円台も珍しくない昨今、バブル期に乱立した湯沢町のリゾートマンションは、温泉大浴場付きでも10万円から売り出されている物件もあるほど。そのため長らく「“負”動産」と呼ばれてきましたが、同じ「ふどうさん」でも、この先は「“富”動産」と呼ばれるかもしれません。実際に暮らしている方に話を聞くと、そう思わされます。
日本橋(東京)の会計事務所に勤める小峰さん(43歳)は妻と長女(8歳)、次女(5歳)の4人家族。湯沢町に購入したマンション「エンゼルグランディア越後中里」で、毎日マンション内にある温泉で一日の疲れを癒やし、冬になれば目の前のゲレンデをはじめ、周囲のスキー場で好きなだけスキーを楽しんでいます。通年利用できる室内プールのほかに、夏になれば子どもと一緒に遊べる屋外プールも開設されて……。「バブル期の遺産」は、40年近くたった今でも、住む人の暮らしをこのように豊かにしてくれる「富動産」のようです。

小峰さんが移住した築34年の「エンゼルグランディア越後中里」はホテルが併設されたリゾートマンション。2025年9月に1180万円で2LDK(69.90平米)の住戸を購入しました。住人は越後湯沢駅までの無料シャトルバスを利用できます(撮影/中田洋介)

東京から移住した小峰さん。スキーだけでなく、大学時代からフジロックも大好きで毎年参加しているそう(撮影/中田洋介)

外に出ればすぐゲレンデが(写真提供/エンゼルグランディア越後中里)
もともとは東京都大田区の生まれで、結婚後もしばらくは実家近くで暮らしていた小峰さん。湯沢との縁は、かつて父親が購入した、湯沢町の別の場所にあるリゾートマンションです。小峰さん自身も、小さいころからスキーをするためによく通っていたそうです。

夏に設置される特設プールや、その奥に見えるスキー場のゲレンデ(写真提供/エンゼルグランディア越後中里)
子どもが生まれてからも湯沢町へ通っていました。むしろ子どもが生まれてからのほうが、のびのび遊ばせられる湯沢に足が向くようになったといいます。
「例えば東京の公園は人が多くて民家も近く、子どもがグズったり大声で叫んだりしないかと、常に周りの目を気にして、すごく疲れました」と振り返ります。休日にショッピングモールに行っても満席で座る場所がなく、駐車場にもなかなか入れません。
一方、湯沢の公園は大声をあげて駆け回っても誰も気にしないほど広く、駐車場にはいつでも車を止められます。そうした違いが、湯沢町での子育てを後押ししました。
そこで小峰さんは湯沢町の現在のマンションを購入し、まずは長女の小学校入学を機に2拠点生活を開始。その後、約2年をかけて少しずつ湯沢町での友人関係を築き、去年12月には住民票を完全に移しました。こうして、かつて「負動産」と呼ばれたマンションは、小峰さん一家にとって“富動産”となったのです。
雪国なのに、雪かきの負担がない暮らし

スポーツジムに室内プール、写真奥には温泉大浴場と、至れり尽くせりのリゾートマンション(撮影/中田洋介)

スポーツジム(写真提供/エンゼルグランディア越後中里)

屋内温水プール(写真提供/エンゼルグランディア越後中里)

別館露天風呂 壺風呂(写真提供/エンゼルグランディア越後中里)

内湯(本館)(写真提供/エンゼルグランディア越後中里)
日本有数の豪雪地帯に移住したにもかかわらず、小峰さんは雪かきや雪下ろしをほとんどしません。なぜならリゾートマンションに暮らしているからです。
小峰さんが暮らす物件は、ホテルが併設されたリゾートマンションです。フロントも管理スタッフも常駐しており、敷地内の除雪はこうした体制のもとで行われています。そのため、住人自身が雪かきをする必要はまずありません。

1階にはホテルの利用者とマンションの住民が利用できるコンビニエンスストアや、レストランがあります(撮影/中田洋介)
また、町なかの道路も消雪パイプによって雪を溶かす仕組みが整っていますし、除雪車が主要な道路で稼働してくれるのも豪雪地帯ならでは。
小峰さんは「雪下ろしをしなくていいというのはすごく大きい」と語ります。自然に囲まれた環境でありながら、マンションという選択肢が豊富にある街は、実は全国的にも珍しいものです。豪雪地帯の暮らしにつきまとう身体的・精神的な負担の低さこそが、湯沢移住のハードルを大きく下げている理由のひとつといえるでしょう。
東京へのアクセスを維持したまま、暮らしはこう変わった
湯沢に完全移住した小峰さんですが、相変わらず、東京の会社に勤務しています。
平日はほぼリモートワーク。打ち合わせがある週だけ、新幹線に乗って日本橋のオフィスへ向かいます。頻度にすれば週1~2回程度。実家に顔を出すくらいの感覚で、東京と湯沢を行き来する暮らしです。
利用しているのは新幹線の定期券で、月額はおよそ15万円。うち5万円は会社が負担し、さらに湯沢町の通勤定期補助金も加わることで、自己負担は月5万円ほどに収まっているといいます。
一方、妻は映像編集をフリーランスで請け負っています。場所に縛られない働き方だからこそ、2拠点生活や完全移住のハードルも高くありませんでした。
移住というと、東京とのつながりを断つイメージを持たれがちですが、小峰さん一家の場合は、新幹線というインフラのおかげで、「完全移住」と「東京の仕事」は無理なく両立できました。
子どもを通じて深まる近所付き合い
さらに、保育園の同級生の保護者や、バス停で顔を合わせる近所の人たちとの関係が、小峰さん一家の湯沢暮らしを豊かにしています。
保育園で娘の同級生の保護者からもらう野菜、バス停で顔見知りになった近所の人からのお裾分け。小峰さん一家の食卓には、いつのまにか湯沢の”おすそ分け経済”が根づいています。さらに畑を少し借りて自分たちでも野菜を育てているので、野菜に困ることはほとんどありません。

ラウンジでリモートワーク(提供/小峰さん)

川遊びを楽しむ子どもたち(提供/小峰さん)
きっかけは、子どもの送り迎えでした。子どもの通学バスのバス停で、他の親や祖父母といつしか顔見知りになります。すると彼らから野菜をもらったり、バーベキューに誘われたりする関係が生まれました。しかも保育園から中学校までが同じ場所にある公立の一貫校(町立湯沢学園)のため、末永くお付き合いしやすくなります。
「東京で賃貸マンションに住んでいた頃は、近所付き合いも町会への参加もほとんどありませんでした」と小峰さん。しかし湯沢町では、そうしたつながりから、町内の子供会が主催するお祭りも積極的に参加するようになりました。
「負動産」を“宝の山”と見抜いた人

きら星株式会社 代表取締役の伊藤 綾さん。湯沢町に移住した際は夫と子ども2人の4人家族でしたが、移住後に出産。家族が増えました(撮影/中田洋介)
誰も見向きもしなかった湯沢町の「負動産」が、人によっては「富動産」になることを、いち早く見抜いた人物がいます。移住サポートサービス等を行う会社「きら星」を営む伊藤綾さんです。
伊藤さんの出身地は、同じ新潟県でも柏崎市です。それなのに起業する際、なぜ最初に湯沢を選んだのか? そう聞くと、伊藤さんは「フジロックが好きだったから(笑)」と答えました。大学時代から通い続けたフジロック・フェスティバル。今の夫と付き合うきっかけになったのもフジロックだったといい、自らを「フジロック移住組」と名乗るほどです。

フジロックにて(写真提供/伊藤さん)
もちろん、それは「キャッチーな建前」。起業したての、何の実績もない会社が、行政から仕事を受注できるほど、世の中は甘くありません。だからこそ最初の一歩は何としても成功させる必要がありました。いろいろなエリアを彼女なりに調査した上で、見つけたのが湯沢町だったのです。

家族が増えたため、伊藤さんが手放した湯沢町の2LDKのマンション。リノベーション済みで、温泉大浴場、スポーツルーム、キッズルーム等を完備(撮影/中田洋介)
特に、条件の良い住まい、つまり「負の遺産」と呼ばれていたリゾートマンションがあることが大きかったと言います。当時、資産価値はほぼゼロとまで言われていたこの手の物件を、伊藤さんは実際に内見してみると、管理は行き届いており、東京からのアクセスも申し分ない。にもかかわらず、価格はほぼ底値と言っていいほどで、特に首都圏からの移住組にはきっと魅力になるはずだと考えたのです。
まず、2018年に自らリゾートマンションを購入し、2019年に湯沢で会社を設立、千葉県流山市から移住しました。最初の1年は自治体からの委託もないまま、手弁当で移住相談を続けました。それでも8人を湯沢町に移住に導いた実績が評価され、2020年に町から正式に窓口業務を受託します。
その活躍ぶりが他の自治体の目にもとまり、現在では新潟県内の湯沢町、長岡市、見附市、三条市、弥彦村、加茂市の6自治体で活動するまでになりました。社員も17人に増え、その内6割が新潟県外の出身者です。
「夕食難民」に挑む若手起業家も湯沢に移住
湯沢には、小峰さんのような子育て世代の家族だけでなく、事業を興すために移住してくる20代の若者もいます。井樋(いび)さんと小関(こせき)さんです。
きっかけは、インバウンド増加で顕在化した「夕食難民」問題でした。町の飲食店が外国人観光客への対応に追われ、回転率が格段に低下するなかで、コンビニの棚が空になっている光景を目の当たりにした2人。大学時代からの友人だった2人は、自身の英語や中国語の語学力、そして異文化への理解を活かせばこの問題を解決できるのではないかと感じ、「ビジネスチャンスだ」と直感したといいます。

井樋さん(左)と小関さん(右)。2人とも以前は東京都世田谷区の三軒茶屋でそれぞれ部屋を借りていましたが、井樋さん所有のリゾートマンションで共同生活することに。おかげで固定費を大幅に節約できています(撮影/中田洋介)

2人が暮らすヴィクトリアタワー湯沢。バブル時は1億円超の住戸もありました。最近は少し価格が上がっていますが、井樋さんが購入した数年前はほぼ底値の70万円(諸費用除く)で購入できたそう(撮影/中田洋介)
また、井樋さんが数年前に破格の価格で購入していたリゾートマンション(約28平米の1Kタイプ)があったことも、湯沢町をビジネス拠点に選んだ理由のひとつです。購入後のランニングコストは、管理費・修繕積立金・電気代を合わせて月数万円だけで済むため、首都圏で起業するよりも固定費を大きく抑えられています。
飲食以外にも、SNSでの動画配信による収益化をはじめ、若い2人の頭には今さまざまなアイデアが浮かんでいますが、まずは5年、この地に腰を据えて挑戦を続けるつもりだといいます。
2人が暮らすマンションには温泉大浴場や露天風呂、プールを備えたクアゾーン、サウナ、スポーツジムなど、リフレッシュできる施設が充実しています。湯沢の恵まれた環境を活かしながら、彼らがどのように事業を育てていくのか今後が楽しみです。
移住を左右するのは、街に向いているかどうか

湯沢町にはまだまだリゾートマンションがたくさんあります。温泉大浴場や屋内温水プール、スポーツルーム等々、充実した共用施設を考えれば首都圏と比べて破格と言えそうな住戸がそろっています。写真はホワイトプラザ湯沢Vプラージュ。築33年で、30平米未満の1Kで300万円台から、40平米超の2DKでも600万円台から見つかります(2026年10月時点)(撮影/中田洋介)
「移住を考えるにあたって重要なのは、ライフスタイル、仕事、そして住まいのバランス。この3つの組み合わせは、街の数だけ違います」と伊藤さん。たとえ隣り合う市区町村(例えば現在伊藤さんが携わっている三条市・加茂市・燕市・弥彦村)でも、向いている人物像はまったく異なる。だからこそ、街ごとにピッタリの人を見つけ、勧めることが移住コンシェルジュの仕事なのだと。
「移住がうまくいくかどうかは、街に向いているかどうかが重要なんです」
伊藤さんにとって移住コンシェルジュの仕事は、空き家やマンションを紹介して終わりではありません。その人がこの先も“住み続けたい”と思える街と、どう結びつけるか。そこまでが仕事だと考えています。
そこには伊藤さんの過去の経験がありました。前職で、地方で大型商業施設をつくる仕事に携わり、巨大なショッピングモールを核にした街がつくられる様も見てきた伊藤さん。一方で、少子高齢化が進む地域では、同じような施設を閉鎖し、他社に引き渡す現場にも立ち会っています。
こうした体験から「箱をつくれば、街ができるわけではない。人がいなくなれば、どんな街でも衰退してしまう」ということを痛感したのです。一方で、人口減少に悩む地域は、全国どこにでもあります。だとすれば、そこに定着してくれる人を呼び込むことは、地域にとっての課題解決であると同時に、ビジネスチャンスでもあり、やりがいのある仕事でもある。だからこそ伊藤さんにとって、移住者と街を正しくマッチングさせることが、何より重要なのです。
バブルが遺した「負動産」を負債と見るか、宝の山と見るかで、まったく違う未来につながります。あなたなら、どんな街がマッチするのでしょうか。