2021年の刊行以来、刷を重ねて6刷(!)に達したレシピ本がある。津軽地方内陸部で作り続けられてきた料理88品を収録した『津軽伝承料理』(柴田書店)だ。その第2弾が発売された今年、著者である「津軽あかつきの会」(弘前市)で開催された出版記念イベントには、東京・青山「てのしま」林亮平さん、東京・吉祥寺「にほん酒や」高谷謙一さん、弘前「陽」成田陽平さんらが参加。会のメンバーと一緒に料理した林さんは「食材の生かし方、保存食の作り方、その使い方、仕上がりの味のトーン、すべてに圧倒された。伝統を超えて今生きている料理」と絶賛する。世代を超え、プロからも熱い支持を得る理由を、書籍化の道筋をたどりながら探っていこう。
目次
- ■津軽と北欧ガストロノミーの根底に流れるスピリット
- ■代々の女性たちの食文化をヒアリングして、アーカイブ
- ■「現代の料理人にこそ知ってほしい」と書籍化
- ■2冊の本が問う、食文化の来し方と行方
- ■伝承は女性の仕事の中にある
津軽あかつきの会
青森県弘前市を拠点に、津軽地方に伝わる食文化を後世へ伝える活動をしている女性たちの料理研究ユニット。地域でのヒアリングを軸に、津軽地方内陸部で作り続けられてきた料理のレシピ化に取り組む。1食2000円で提供する予約制の食事会を毎週数回開催し、青森県の観光コンテンツにもなっている。20~80代と多様な年齢層から成る会員数は40名(2026年7月現在)。
津軽と北欧ガストロノミーの根底に流れるスピリット
津軽の冬は長い。
11月から雪が降り、2月までピークが続く。3月に入って雪解けを迎えてなお、大雪に見舞われる日も。そんな冬への備えとして、塩蔵・乾燥・発酵といった長期保存の技が発達した。その営みを後世へ伝えるのが「津軽あかつきの会」であり、活動の一部を収録したのが『津軽伝承料理』だ。
巻頭言「静かにつなぐ」に、「自然界が何も生み出さない冬を生き延びるために、春夏秋に手にした産物を加工し、保存し、蓄える。これを毎年繰り返しながら、私たちは暮らしています」と記されている。会創設の中心メンバーで、会の精神的支柱となってきた工藤良子さんの言葉だ。「自然界が何も生み出さない冬」という表現に、風土が語らせる言葉の重みを感じざるを得ない。
発酵・熟成といった自然の力に負う加工法が世界的にフィーチャーされ始めたのが2010年代。並行して、日本の食の掘り起こしの気運が高まった。和食のユネスコ無形文化遺産登録(2013年)も無関係ではないだろう。全16巻に及ぶ料理全集『伝え継ぐ日本の家庭料理』(日本調理科学会企画・編集/農山漁村文化協会刊)が2017年から4年をかけて出版され、2019年には農水省によるデータベース「うちの郷土料理~次世代に伝えたい大切な味~」が立ち上がっている。
しかし、これらの動向を「郷土料理」という文脈でカテゴライズしてしまってはもったいないと思う。2010年代からの世界のガストロノミーの潮流をひと言で括れば、「足元の自然に想を得る。足元の自然を活かす」だ。一見、対極にある「Noma」と「津軽あかつきの会」の底流には近しいスピリットが流れている。
第1弾『津軽伝承料理』の帯には「1周して新しい」の文字。帯を外すと副題の「発酵、うまみ、プラントベースを駆使した食の知恵」が現れる。ページをめくった先にある「津軽伝承料理が世界の最先端に」の視点こそ、本書の肝と言っていい。
代々の女性たちの食文化をヒアリングして、アーカイブ
「津軽あかつきの会」の設立は2001年。活動自体は1990年代の終わり頃から。世の趨勢より遥かに早い。
巻頭言「静かにつなぐ」で工藤さんはこう語る。
「昔の母の料理を食べたいと思ったときに、そのつくり方がわからなかったんです。それは新しい世紀がはじまる少し前のことでした」
決まった時期にたくさんとれる作物を保存する知識、保存食を上手においしく調理する技術、それらの知恵を料理としてかたちにするレシピ。地域にかろうじて残っていた食の知見を集めるために、年長の物知りの女性から聞き取りをして、アーカイブしていった。
「自ら栽培・採取した生産物を大切に保存し、長い冬を通してそれらを味よく調理して春まで命をつないできた、代々の女性たちの食文化を失ってしまうことは大きな損失だと思います」(「静かにつなぐ」より)
スタート時に数名だった会員は、2026年7月現在40名を数え、20代~80代と年齢層も幅広い。メンバーの一人、長尾みつ子さん(60代)は入会のきっかけを次のように語る。
「あかつきの会の料理を初めて食べた時、涙が止まらなかったんです。母や祖母が作ってくれたのと同じ味がして。封印していた感情が思わず溢れ出た。私、何やっているんだろう、キッシュを作ったり、チーズケーキを焼いたり、カッコつけて・・・。我に返ったんだと思います」
「現代の料理人にこそ知ってほしい」と書籍化
「『レシピを見せてください』と言ったら、カレンダーの裏に書かれた分厚い束がドーンと出てきた」と語るのは、編集を手掛けた小林淳一さんだ。
そもそもは「青森の仕事と暮らしの営みを観光コンテンツ化したい」と青森県庁から相談を受けたのが始まり。会の側はあまり乗り気ではなかったものの、会の意義と可能性を感じた小林さんは、興味を持ちそうな人物に声をかけては3~4人ずつ、多い時には20人ほどもあかつきの会へと案内した。その一人、柴田書店の編集者の齋藤立夫さんから書籍化の話が持ち上がる。「一周して新しい料理だな、と。現代の料理人にこそ、このような知恵や技を知ってほしいと思った」と齋藤さんは振り返る。
書籍化が決まる前から、小林さんはレシピのテキスト化を進めていたという。「ドーンと出されたカレンダーの束を見た時、『何かあったら、すべてが失われてしまう』と恐ろしくなって。その束を借りて、大学生に打ち込んでもらっていました」
地域によって、家によって、材料も作り方も味も少しずつ違っているのが郷土料理だ。山沿いの家、海沿いの家、環境は様々。会員それぞれに自分のレシピがある。全員が津軽生まれの津軽育ちというわけでなく、秋田から嫁いできた人もいれば、北海道出身者もいる。テキスト化にあたっては、あかつきの会としての統一レシピにする必要があった。
「カレンダーの裏に書かれていたのはかなりざっくりとしたレシピでした。そこで1品ずつ1時間くらいかけて、みんなで話し合って分量や時間を数値化していったんですね」
2冊の本が問う、食文化の来し方と行方
第1弾の取材が終わる頃、小林さんは工藤さんから相談を受ける――「行事食の取り回しと作り方を残しておきたい」。
津軽地方の内陸部に位置する弘前の辺りは、農業を中心に1年が回る。田植え、草取り、稲刈りといった農作業の合間を縫うように、宵宮、盆、中秋、彼岸などの歳時記が織り込まれている。5月~11月の農繁期、雪に見舞われる12月~4月の農閑期、労働も暮らしもくっきりと分かれ、その上に食は築かれる。
自ずと農繁期には行事が集中し、その度にそのための料理が作られてきた。工藤さんはそんな行事にまつわる一連の営みを次の世代に伝えておきたいと考えた。行事を行わなくなり、行事食が作られなくなっているからこそだ。
「すでに独自に記録を進め、できる範囲で実践もしていた。田植えの時には、蔵から出してきた重箱に詰めた料理を、田んぼの横で働き手みんなが囲むといったように」
小林さんに行事食の骨格が見えてきた頃、柴田書店から「第2弾を作ろう」との声が挙がる。そうして、工藤さんが温めてきた行事食をテーマとする『人寄せの料理』は形になった。
「人寄せ」とは、行事の度に集落の人々が集い、共に食べ、支え合う、その営みを指す。「料理のレシピだけでなく、行事の全体像や執り行ない方も記述しておきたいという工藤さんの思いを尊重した」と小林さんは語る。
人手が必要な田植えや稲刈りは必ず近隣で協力し合ったものだが、「人寄せの料理を追うにつれ、私の中で立ち上がってきたのは、料理を取り巻く景観でした」。
2冊を世に送り出して、小林さんは気付いた、「それぞれの本に問いが立つ」と。
第1弾は「食文化を規定する要素は何か?」
第2弾は「食文化を変容させる要素は何か?」
2冊の本は問いへの答えだ。
「食文化を規定する要素は、間違いなく地理と気候です。そして、食文化を変容させる要素はテクノロジーでしょうね」
農道や用水路が整備され、田植え機や稲刈り機が普及して、人手をかけずに農作業ができるようになった。人が集まる機会がなくなり、人が集まる料理を作らなくなった。さらにスマート農業が推進される時代である。農作業の省力化は進行する。残念ながら、人寄せが復活するとは考えにくい。
それでも、料理を残すことはできる。たとえ、人が集わなくとも。津軽の風土が津軽の人々にどんな食の営みをもたらしたのかを伝える強力なよすがとなる。料理が過去と未来をつないでくれる。その役割を2冊の本が果たしていく。
伝承は女性の仕事の中にある
『人寄せの料理』出版を祝うイベントでは、あかつきの会の厨房で会員も参加者も一緒に調理した。
「けの汁の具は8mm角に切ります」とメンバーの中田久子さん。「なぜ、8mm?」と参加者から質問が挙がると、「もっと細かく5mm角に切る家庭もありますが、1cm角には切らないですね。けの汁は旧正月の料理で、家族の世話や来客の対応に追われる嫁が里帰りする際、家に残る男衆のために作り置きしたもの。七草粥の代わりに食べられたとも言われます。“け”は“粥”の意味でもあって、大きく切ったら粥に見立てられないから」。
会員からは「プロの料理人さんを前にしてちょっと恥ずかしい」との声も聞かれた。でも、「プロって何だろう?」とも思うのだ。詩人の大岡信が、専門家とは「先人たちの仕事の累積の中に自己自身を自覚的に位置づける意思と実行力をもつ者」と著書『肉眼の思想』で書いている。であるならば、津軽あかつきの会をプロと呼ばずして何と言おう。
そして、つくづく思う、生活文化の伝承は女性の仕事の中にある、と。自分たちの存在を意識させずに役割を果たしてきた女性たちが伝える料理は、暮らしに息づく謙虚な美だ。「自分の地元ではどうなんだろうと、この2冊が地元の食文化やその担い手へ目を向けるきっかけになってくれたらいい」、編集の小林さんと齋藤さんにはそんな思いもある。
◎津軽あかつきの会
青森県弘前市石川家岸44−13
Tel.070-6613-8317(事務局 森山)
https://tsugaruakatsuki.wixsite.com/tsugaru-akatsuki
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