誰も言葉を発することなく、ただ夕暮れの海を眺め続ける。大学時代、アルバイト仲間との卒業旅行で経験したそんな時間を、みなみかわは今も忘れられずにいる。普段なら、つい「いらんこと」を言ってしまう彼が、あのときばかりは何も言わなくてよかったと思う理由とは。
そんなみなみかわが今回観たのは、夢破れた元K-POPアイドルの3人が、失われた青春を取り戻すために旅に出る映画『#つよくなるとき』。傷ついた心を抱えながら、少しずつ互いとの距離を縮めていく3人の姿に、自身の過去を重ねながら思いを巡らせる。「シネマ馬鹿一代」第19回。
『#つよくなるとき』あらすじ
競争の激しいK-POPアイドルの世界で成功するため、青春のすべてを捧げてきたスミン、テヒ、サラン。しかし、夢見たような成功をつかむことはできず、それぞれのグループは解散。人生を懸けて追い続けてきた夢とともに、思い描いていた未来までも失ってしまった。これから何をすればいいのか、どう生きていけばいいのか。途方に暮れた3人は、学生時代に叶わなかった「卒業旅行」をやり直すため、全財産10万円を手に済州島へ向かう。トラブルに見舞われながらも、みかん畑でのアルバイトや旅先で出会う人々との温かい触れ合いを通して、傷ついた自分自身や、互いの思いと向き合っていく。止まっていた時間が再び動き始め、それぞれの未来へ新たな一歩を踏み出していく──。
あの時間なんだったんだ
私は本当に言わなくてもいいことを言ってしまう。大阪の言葉で「いらんこと言い」という人間である。
「え? それ何アピールなん?」
「その服着るときけっこう勇気いった?」
「そのため息って俺らが気を遣わないといけないサインなんかな?」
などなど。本当に人生の中で言わなくていいことを言ってしまい、多くの人を傷つけたと思う。反省とそういう性格なのだという開き直りを無数に繰り返してきた。
すべてウケたくて言っていたことなのだが当然嫌な気分の人が笑うはずがない。ここ数年だんだん分別がつき始めた。44歳でだ。恥ずかしい。
そんな私でも「あのとき何も言わなくて本当によかった!」と心底思うことがある。
大学4年になる前の春休みのこと。私はその時分、映画館でアルバイトをしていた。そこの映画館は大学生ばかりが採用されていて総勢100人くらいの学生がいた。それぞれが就職して辞めていき、また新しい大学生が入ってくるといったシステムだった。
私の出身高校は男子校。進学した大学は2部(つまり夜間)の私にとってこのサークルみたいな空間は遅れてきた青春のようだった。時給800円かそこらだったが映画はタダで観られるし、充満するポップコーンの匂いは気持ちを幸せにしてくれた。
日に日にバイト仲間とどんどん仲よくなった。そんなとき、その映画館が閉館することになった。ひとつ上の先輩たちが就職も決まって、このバイトも全員が卒業するとなったとき、総勢男女10人くらいで1泊2日で旅行に行くというイベントに誘われた。
ご飯食べたりドライブしたりと今となってはなんてことない健全な若者の旅行。その日の夕方のことである。海辺に行った。それまでは普通に話していたと思う。
夕暮れ時である。どんどん日が沈む。
みんながしゃべらず、ずっと海を見ている。
嗚呼。なんだかみんな今めちゃくちゃ浸ってる。これから社会に出ていく先輩たちはめちゃくちゃこの夕日と自分を重ねてる。
誰もしゃべらない。もう30分は経ってる。なんだか変な気持ちになってきた。言ったほうがいいのか?
「おいなんや! このセンチメンタルな気持ちは! 何してんねん!」と言おうと思ったが当然できなかった。
全員がこのモラトリアム期を満喫しているからである。私もなんとか淡い気持ちになろうと努力をした。
波の音とともに自分を振り返る。就活もせず、資格も取らず、お笑いの道に行こうとしてる。みんなは社会に出ようとしてる。
おお……だんだん心が淡くなってきた。なんだ? 淡くなってきたって……ダメだ……集中できない。なんで誰もしゃべらないんだ。海の向こうには何もないぞ。早く旅館に帰って飯食おうよ。
夕日は完全に沈んだ。真っ暗だ。
え? さすがに誰も泣いてないよね? 啜り泣くような音したけど、波の音だよね? もし万が一泣いてたら言ってしまう。
「いやなに泣いてんの?」
誰かの繊細な心を私のガサツな言葉で傷つけてしまう。でもほんまになんで泣いてんの?とも思ってしまう。
かれこれ1時間は経とうとしてる。そんなとき誰かが口火を切った。
「行こか〜」
私は笑いを堪(こら)えた。センチメンタルとは真逆の言い方。腑抜けた声で「行こか〜」。そのひと言で何事もなかったかのように旅館に帰り飯食って寝た。
あの時間なんだったんだ……本当に変なこと言わなくてよかった。
私みたいな人間がここにいなくてよかった

映画『#つよくなるとき』を観た。
傷ついたアイドルの再出発。搾取され、青春を失った若者がその傷に苦しみ、癒やして未来を探す映画。3人の関係の足りないところと補えるところのバランスが非常に絶妙で少しでもズレると何か間違いが起こりそうな危うい旅行。

過去のことは映像では映らないがその表情と語り口でじゅうぶん伝わる繊細さが素晴らしい映画だ。
私が思うことは、「私みたいな人間がここにいなくてよかった」。絶対言わなくていいことを言って間違いが起こっていたに違いない。
ただただ腑抜けた声で「行こか〜」なんて言う人もおらず、ゆっくりじっくり一回立ち止まって観たい映画。皆様ぜひ。
映画『#つよくなるとき』

11月20日(金)渋谷ホワイトシネクイント、Stranger、シモキタ - エキマエ - シネマ『K2』ほか全国順次公開
監督・脚本:ナムグン・ソン(『告白ヒストリー』)
出演:チェ・ソンウン、ヒョン・ウソク、ハ・ソユンほか
2024年/韓国/99分/韓国語/16:9/5.1ch/カラー
原題:힘을 낼 시간 日本語字幕:今橋葵 配給:Elles Films 配給協力:ORBIT Pictures
(C)2023 National Human Rights Commission of Korea, Before We Die All Rights Reserved
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みなみかわ
『ゴッドタン』(テレビ東京)や『水曜日のダウンタウン』(TBS)などの人気番組に出演し、ジワジワとブレイク中の遅咲きピン芸人。総合格闘家、YouTuberとしての顔も持ち、“嫁”が先輩芸人たちにDMで仕事の売り込みをしていることも各メディアで話題に。
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