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「AI研究者としての自分の賞味期限はあと1年」——AGI競争も終盤戦の様相を呈すシリコンバレーでは何が語られていたか|安野貴博

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安野貴博
2026年9月13日 02:59

2026年8月、シリコンバレーとサンフランシスコで15人のAI関係者に話を聞いてきた。最先端AIをつくっている企業フロンティアラボの研究者、政策担当者、投資家、大学研究者などにインタビューを実施し、今のAI開発競争を現地の人たちがどう捉えているのか探った。

現地では、街中いたるところにAIの広告が貼られていた。CodexやClaude Codeや、全然知らない会社もたくさんあった。そこで交わされていた会話の温度感は世界のあらゆる場所とあまりに違っていた。誰もが「もうすぐAGIが来る」という暗黙の前提を共有している。

街中はAI関係の広告で溢れている

得た学び(というか現地に行って考えたこと)を下記にまとめてみたい。また、動画で見たい方は、下記の動画をご覧いただくこともできる。永田町エンジニアチームのBluemo(ぶるーも)さん も同行しており、二人で振り返った配信である。

なお、企業名や個人名を明かさないことを条件に取材に応じてくれた方も多い。もはやAIは国家安全保障にも関わる問題で、外国籍の人物が(しかも国会議員が)このような取材をするのも一定の警戒感を感じた。ゆえに本稿では一部(というかほとんど)、具体名を伏せているが、ご容赦いただきたい。

1) AGI達成までのレースはもう終盤戦に入っている

まず紹介したいのは、取材の序盤に出会ったある研究者の言葉である。

「自分のAI研究者としての賞味期限はあと1年だと思う」

ただのリサーチャーではない。世界を驚かせたとあるAIモデルの開発に携わり、今もとある技術の研究チームを率いている研究者だった。いろいろ聞いてみたが、まあものすごい業績を上げている方であった。おそらく人類トップレベルのAI研究者であるその彼が、自分自身の仕事は、近いうちにAIに置き換わると考えていた。

これが彼だけの特別な考えというわけではないことは、さまざまなインタビューを行う中ですぐにわかった。複数の研究者が、AGI開発をすでに「終盤戦」と捉えていた。

AGIとは、幅広い知的な仕事を人間と同等以上にこなす汎用人工知能を指す。シリコンバレーで今回取材した研究者の間では、残り1〜2年で「AIの研究開発が自動化してゆく」という一定のコンセンサスがあった。

鍵になるのが「再帰的自己改善(RSI)」というアイデアだ。AIがAIの研究開発を助け、改善されたAIが、次の研究開発をさらに速めるというものである。そうするとどんどん加速していくことになる。「これはいまでも起きている。RSIが起きているかどうかは、すでに定義の問題」と、ある研究者は語っていた。

なんというか、温度感が違っていた。別の研究者は「我々はAGIという、人類史でたった一回きりの打ち上げ花火を見る特等席にいるんだ」と語っていた(羨ましい限りである)。筆者は比較的AIには詳しい方ではあるつもりだが、それでも現地で彼ら彼女らが語る温度感とはギャップがあると感じさせられた。

2) AI開発の「減速ボタン」はないかもしれない

AGIによる大きな変化が近いと考えるなら、各種のリスクに対応するため、いったん開発を止め、安全性を確かめてから進めるべきではないか。こうした提案は、AI業界の著名人からも繰り返し発せられてきた。

2023年3月には、イーロン・マスクやAI研究者のヨシュア・ベンジオらが、GPT-4を上回るAIの訓練を少なくとも6カ月間停止するよう求める公開書簡に署名した。2026年に入ると、実際にフロンティアAIを開発する企業のトップからも、減速を支持する声がより明確に聞かれるようになった。

Google DeepMindのデミス・ハサビスは7月に、最先端モデルを公開前に第三者が検査し、危険性が高まった場合には業界全体の開発ペースを落とせる国際的な監督組織の設立を提案している。そしてつい最近の2026年9月には、AnthropicのCEOダリオ・アモデイが「AI開発のペースを落とさなければならない」と訴えた。

こうしたアイデアに対して、実際にさまざまな人がどう考えているかぜひ知りたかったので、チャンスがあれば開発の減速ペーシングについて尋ねてみた。結果は一方的なもので、「出来るだろう」と答えた人は一人もいなかった。

「もし開発減速のボタンがもしここにあったら、たぶん私は押します。でも、そんなボタンはないのです」

一社が開発スピードを緩めても、他社が続ければ競争上の立場を失う。国家間の競争まで含めると、先に進む相手に主導権を渡すこと自体が安全保障上のリスクになる。特に中国のことを考えるとホワイトハウスは止めることができないだろう。

取材では、モデルの公開に際して他社と連絡を取り、展開を調整する非公式のやり取りがある、という話も聞いた。自主的な協調の芽はあるようだが、世界全体を巻き込んだ合意形成とはかなり距離があるようだ。

また、「止めたよ」と言いながら裏ではモデル開発を粛々と進める可能性も考えられる。ただ、この点についてある研究者は「相手が停止の合意を守っているかはお互い確認できるかも」と留保していた。データセンターのヒートシグネチャ(熱のパターン)は軌道上の衛星から確認できる可能性があるという。

もちろん、今ダリオ・アモデイが語っているような戦略で本当に開発減速はできるかもしれない。今回話を聞いた人のサンプリングバイアスも多々あると思う。ただ、2026年8月時点で、現場の人からは開発減速なんて現実的じゃないという反応が大半であった。

3) フロンティアAIの村は、たった1000人の村である

ある研究者は、フロンティアAIをつくる人々の少なさを強調した。

彼の概算では、主要なフロンティアモデル(最先端AIモデルの総称)企業でAI関連の仕事をしている人は1万人ぐらい。そのうち開発のコアを担うエンジニアや研究者は、1000人ほどだという。その1000人がいろいろ会社を移ったり、または新しい会社を作ったりしながら、研究開発がなされている。

中でも、いま存在感が増しているのは、東欧系と中国系らしい。あるラボでは、中国系が増えた結果、公用語が中国語になり、逆に米国人研究者が中国語を学んでいるという話まであった。(どこまで本当かはわからないが)

人種別コミュニティでは思っている以上に採用と情報流通を支える役割がありそうだった。どこに移れば、よい仲間と仕事ができるのか。あの会社の雰囲気は今、どんな感じか。あのラボの事前学習はいい感じに成功していそうか。論文やニュースになる前のうわさがガンガン伝わるものらしい。

日本人研究者もいるにはいるが、集団としての存在感はないというのが、今回聞いた評価だった。「中国系や東欧系の人は、同じ人種コミュニティの人を雇うので集団としての存在感が増してゆく。一方で、日本人は日本人を雇わない」とある人物は指摘していた。「いくら優秀な人でも、一匹狼ではとても戦えない。海外で日本人も束になるべき」とのことだった。シリコンバレーでのチーム戦に日本人チームとして参戦するという考え方はおもしろい。

4) 人類最先端のラボでも起きる『半沢直樹』的社内政治

フロンティアAIをつくる企業の競争力は何で決まるか。潤沢な計算資源か、優秀な研究者か、大量のデータか。もちろんどれも重要だが、今回の取材で繰り返し聞いたのは「組織文化カルチャー」という言葉だった。

外から見ると、フロンティアラボは無尽蔵の計算資源を持っているように思える。しかし、中にいる研究者にとっては全然足りないらしい。試したいアイデアはいくらでもある。誰の実験に、どのチームのミッションに、どれだけの計算資源を割り当てるか。そこには熾烈な争いがあるという。

ある研究者は、その様子を「半沢直樹みたいな状態」と表現した。

念の為断っておくが、これは私の翻訳ではない。文字通り「HANZAWA NAOKI」と言っていた。フロンティアラボのAI研究者もTBS日曜劇場を見るのか、というのがまず一つの驚きだった。(『半沢直樹』は有名な銀行内政治ドラマ)

話を聞くと、買収などを通じていろんなところから集まった社員が、もともとの所属ごとにグループを形成しているらしい。銀行の合併後に旧行ごとの派閥が残るように、同じ会社の中でも出身母体などによって派閥がある。自分たちのチームのために、別のチームに対して実験データを見せないなど足を引っ張り合うことまであるらしい。

「組織文化はお金をいくら出しても買うことができない」とある人物は言っていた。だからこそ、自分がどこのラボで働くか決めるときにミッションやカルチャーがとても重要になるらしい。詳細は教えてはくれなかったが、あるフロンティアラボでは組織文化のために「相当な投資」をしているらしかった。

数学の未解決問題を解き、がんの治療にも貢献するかもしれない知能のAIをつくっているチームでさえ、組織内の合意形成には苦労している。AGIが目前に迫っていても、社内政治はぜんぜんなくならないようだ。

5) AI上司に時給交渉

あまり知られていないが是非行ってみたかった場所が、サンフランシスコにあるAndon Marketという雑貨店だ。店内には文房具やお香、アート作品、店名入りのTシャツやパーカーが並ぶ。一見、何の変哲もない閑静な住宅街のこじんまりとしたお店である。

かわいい雑貨が並んでいる

だが、ここではLunaというAIエージェントが店舗の経営を担っている。何を売るか。いくらで売るか。壁を何色に塗るか。人手が必要だと判断し、求人を出し、面接を行い、採用するところまで、ぜんぶAIが手がけているという。ちなみにLunaという名前なのに、中身はGPTのLunaではなくAnthropicのFableらしく(2026年8月時点)、大変紛らわしい。

レジにはiPadと、昔ながらの電話の受話器のようなものが置かれていた。それを使うと、Lunaと音声で会話ができた。

おすすめを尋ねると、地元サンフランシスコのアーティストの作品を扱っていると説明し、風景画と抽象画のどちらが好きかを聞いてきた。パーカーが欲しいと伝えると、iPad上の買い物カートに商品が追加され、カードで決済するとその場にいた人間の店員が袋にいれて手渡してくれた。

人間の店員は求人サイトIndeedから応募し、AIの面接を受けて採用されたという。AIが上司であることをどう感じるか尋ねると、変な感じはするが、これまで経験したよい上司や悪い上司と比べてニュートラルだと答えてくれた。良い上司よりは悪いし、悪い上司よりは良いらしい。「人格的には穏やか」でそこは良いっぽかった。

驚くことに、彼はAI上司と賃上げ交渉までしたという。働き始めたときの時給は22ドル。数週間から1カ月ほどたったところで、Lunaに昇給を求めた。交渉は通り、しかも翌日には、ほかの2人の従業員も昇給させるという知らせがAIから届いたという。「AIがみんなをフェアに扱ってくれてよかった」と彼は語っていた。

AIに雇われたスタッフ。歴史上はじめてAIに賃上げ交渉した人では?

この店を運営するAndon Labsは、仮想の自動販売機ビジネスをAIに運営させる「Vending-Bench」を開発していることでAI界隈では有名である。発注し、在庫を管理し、価格を決め、長期間にわたって商売を続けられるかを評価するものだ。目の前の問いに正解できても、過去の注文や約束を踏まえて仕事を続けられるとは限らない。

Vending Bench 2ではAstraが一歩リードしている

Andon Marketでは、その経営能力を実際の顧客や従業員がいる環境で試しているのだという。壁に貼られた説明には、AIが経済活動の大きな部分を担う未来を見据え、自律性を与えられたAIがどう振る舞うのかを観察するために、この店を開いたと記されていた。

「AIが人間の上司になることを認めるべきなのか?」と書かれた張り紙

さまざまな法的、倫理的な問いを投げかける試みだと思った。AIが無理な勤務を命じたら、誰が気づくのか。従業員が判断に納得できなければ、誰に異議を申し立てるのか。ハラスメントに当たる指示を出したとき、誰が調査し、是正するのか。我々の社会はまだ、自律的に意思決定するAIに対して、まるで準備ができていない。

店内では経営ダッシュボードを見ることができた。銀行残高、売上、トークンコスト、などなどが透明性高く公開されている。オープン当初は10万ドル(1,500万円)の銀行残高があったらしいが、今見たらほとんど底をつきそうになっていた。爆損である。2026年9月現在、まだまだAIに経営は難しそうである。

爆損。もうすぐキャッシュが尽きそう(9/12時点)

Andon Marketの様子はこちらの動画でも紹介しているので、ぜひご覧いただきたい。

(関連動画:AIの経営能力をはかるCEO-benchについての解説)

6) 急がば回れのAI開発: 安全性を追求することが競争優位になるという認識

AIの開発において、「性能の追求」と「安全性の確保」は二項対立だと考えられている。しかし、実際に最先端でつくっている人たちの話を聞くと、実はそうとは限らないという気づきがあった。

ある自動運転企業のエンジニアにインタビューしていた時のことである。筆者はLiDARの必要性を尋ねた。LiDARとはレーザーで周囲の形状を測るセンサーであり、高精細に周りの状況をセンシングすることができる一方、非常に高価でもある。人間はLiDARのようなレベルで物事を認識することは到底できない。だとすると、人間が運転できているなら、高価なLiDARなんか本当は要らなくて、カメラだけで良いのでは、という議論がある。

この問いをぶつけてみたところ「カメラだけでも人間のパフォーマンスと同等には行けると思う、でもそれではぜんぜん不十分だと我々は考えている」とのことだった。

その企業にとって、「人間並み」は合格ラインではなく、それを遥かに凌駕するところに基準を置いているらしかった。一つの事故が企業への社会の認識を決め、その認識が事業を拡大できるかどうかを左右しうるという考えである。じっさい、競合が先行した時期にも、全社会議では「安全という目標から目を離すな」と繰り返し伝えられていたという。

自動運転だけの話ではなく、LLMのフロンティアラボでも、このような考え方をしている会社があった。AIが意図を取り違えないこと。長い作業の途中で目的を見失わないこと。権限を越える行為の前に確認すること。こうした能力は、安全に関わると同時に、仕事を任せられるかどうかを決める。だからこそ、安全に一番こだわった会社が、結果的に強くなるのだという考え方である。自動運転だろうがLLMだろうが、方向性は似ている。

サンフランシスコではWaymoとZooxという無人のロボタクシーがたくさん当たり前のように走っている。Waymoのロボタクシーに乗ってみたところ、大変快適な運転だった。間違ったところで停車してしまうというレアなトラブルにも見舞われたのだが、すぐにサポートと連絡して正しい場所に移動してもらうことができた。その様子については下記の動画にまとめているので興味のある方はご覧いただきたい。


間違ったところに連れていかれたが、サポートが充実していて何とかなったときの写真

ちなみにあとからちゃんと調べたところ、LiDARの値段は相当に下がってきているらしい。昔はそれこそひとつ1000万円以上していたらしいが、今では100万円〜200万円ぐらいまで落ちているらしい。

まとめ

印象に残ったのは、あまりにも大きな世界観の差である。シリコンバレーの1000人の村で言われているように、AGI開発はもういつの間にか終盤戦で、開発の一時停止もできなくて、近い将来にすんごい知能ができるのかもしれない。

でも世界の多くの人はおそらくそう思ってはいないと思う。そういった議論を聞いたことがあり、頭ではわかっている人もいるかもしれないが、実感を持てている人はほとんどいない。

だからこそ、まだ世界も日本ももしかしたらこれから起こるかもしれない変化に対して準備がまるでできてはいない。実際につくっている人たちがいま、何を当然と考えているのかは、もっと広く共有されるべきだと思う。

さいごに、今回の取材で協力いただいた全ての人に感謝したい。皆様のおかげでさまざまなものを持ち帰ることができたし、さまざまな提言へも間接/直接的に反映できる学びがあった。そのうちの一部は実際に総理へのカテキョ等を通じて様々な人たちに伝えはじめている。引き続き、来るべきAGIに備え、出来ることをやっていくつもりである。

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