この画像を大きなサイズで見る1838年、日本では江戸時代の天保9年、フランスの画家ルイ・ダゲールがパリの風景を撮影した。
長時間露光のため、通りで静止していた靴磨きとその客だけが被写体として写り込み、知られている中で最も古い、世界初の人間の姿を捉えた歴史的な写真となった。
だがその後、パリの街並みが激変し、2人が写っていた正確な場所は長年の謎となっていた。
スウェーデンの3人の映像作家チームが古い資料や3Dモデルを使った2年間の調査を行った結果、ついに撮影地点を特定した。
参考文献:
- Where Exactly Were the First Humans to Be Captured in a Photograph Standing? Three Obsessed Filmmakers Solved the Nearly 200-Year-Old Mystery
- Place de la République, l’histoire de la photographie - Mairie du 10ᵉ
偶然撮影された歴史的な1枚の写真
1838年の春、フランスの画家であり写真技術「ダゲレオタイプ(銀板写真)」の発明者であるルイ・ダゲールは、パリのタンプル大通り近くにある自身のスタジオから、大通りの風景を撮影した。
当時のカメラは、1枚撮るのに数分間も光を当て続ける長時間露光を必要とした。
人通りが多かったにもかかわらず、動いている馬車や人は写らなかったが、通りで靴を磨いてもらうために立ち止まっていた客と、靴を磨く人物だけが写真に収まった。
こうして偶然にも、史上初めて人間の姿が写真に記録されたと考えられている。
2人の名前はわかっていない。パリ市によると、当時のパリの路上では子供たちが働いており、靴磨きはおそらく子供だという。
この画像を大きなサイズで見る街並みの変化により失われた撮影場所
年月が経過し、写真の技術は進化を遂げ、パリの街並みも大きく変化した。
ダゲールのスタジオは1839年に火事で焼失し、周辺の建物も19世紀中頃に行われた大規模な都市改造計画「パリ改造」によって取り壊された。
タンプル大通りも現在のレピュブリック広場を建設する際に短くなった。
大改造の影響により、史上初めて写真に写った2人が立っていた正確な位置は分からなくなった。
映像作家たちによる2年間の調査
スウェーデンの映像作家、マクシミリアン・ヴァン・アールトリック氏ら3人は、2024年、レピュブリック広場に立ち寄った際、歴史的な場所がどこにも記録されていないことに気づいた。
そこで3人は、2人が立っていた場所の解明に乗り出した。
調べ始めてまず分かったのは、本やネットで広く出回っている写真が、左右反転した鏡写しの状態だということだった。
ダゲレオタイプは、仕組み上、左右が反転した像で写る。現実の街並みと照らし合わせるため、チームは写真を裏返して元の向きに戻した。
メンバーは2年間をかけて市や博物館の古い資料を調べ、1838年当時の街並みを再現した。
ダゲールの時代の建物が3棟、今も残っていることを発見し、周囲の3Dモデルを作成した。
さらに2つの建築事務所に依頼し、残っていた3棟を目印に三角測量を行い、写真に写る2人の正確な位置を割り出した。
この画像を大きなサイズで見る200年近い時を経て設置された記念プレート
2つの建築事務所が算出した地点はわずかに離れていたため、2つの地点の中間をとる形で、正確な場所が確定した。
レピュブリック広場の地面には、ブロンズ製の記念プレートが埋め込まれ、2026年10月15日にお披露目式が行われた。
この画像を大きなサイズで見るプレートの右半分にはダゲールの写真が再現され、靴磨きと客の2人が丸で囲まれている。左半分には、写真が撮られたいきさつが刻まれている。
プレートの名称は名前は、フランス語で「思いがけない細部」を意味する「Un Détail Imprévu」となった。
ダゲールが、写真の片隅に写り込んだ2人の姿に気づいてつけた名前だ。
記念プレートの設置により、この場所を訪れる人々は、写真史における重要な歴史的地点に立ち止まり、過去の技術の進歩を振り返る機会を得ることができるようになった。
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