
目の前にいる人の声は正面から聞こえ、頭上を飛行機が通過すればその音が頭上から聞こえるように、私たちが普段耳にしている音はさまざまな方向から届きます。こうした現実世界の音の広がりや方向を再現する技術が「空間オーディオ(立体音響)」です。GoogleとSamsungが中心となって開発した「Eclipsa Audio」は、前後左右だけでなく上下からの音も再現できる立体音響技術で、誰でも利用できるオープンな規格を基盤としている点が大きな特徴です。
Introducing Open Source DAW Plugin for Eclipsa Audio | Google Open Source Blog
https://opensource.googleblog.com/2025/06/introducing-open-source-daw-plugin-for-eclipsa-audio.html
一般的なステレオ音声は左右2つのチャンネルを使って音の広がりを表現します。一方、映画館やホームシアターで使われる5.1chなどのサラウンド音声は前後左右に配置した複数のスピーカーを使うことで、視聴者を取り囲むような音を再現します。ただし、従来の5.1chサラウンドでは頭上など高さ方向の音を表現することには限界があります。
これに対して、Eclipsa Audioは高さ方向も含めた3次元の音を扱えます。例えば、コンサートの映像を見る際に、正面から聞こえる演奏だけでなく、周囲の観客の歓声や会場全体の響きも再現することで、実際にその場にいるかのような臨場感を生み出します。
こうした立体音響技術はEclipsa Audioが初めてではありません。代表的なものとして、ドルビーが開発したドルビーアトモスがあり、すでに映画館やテレビ、スマートフォン、音楽配信サービスなどで広く利用されています。
Eclipsa AudioはGoogleとSamsungが共同開発したオープンな空間オーディオ技術で、ドルビーアトモスのような有料ライセンスのフォーマットに対抗するためのロイヤリティフリーな代替技術です。
SamsungとGoogleがドルビーアトモスに対抗するオープンな空間オーディオ規格「Eclipsa Audio」を発表 - GIGAZINE

この取り組みの中心となっているのが、GoogleやSamsung、Netflix、Metaなどが参加する業界団体「Alliance for Open Media(AOMedia)」です。AOMediaは動画圧縮規格「AV1」などのオープンなメディア技術を開発している団体で、2015年に設立されました。
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AOMediaは2023年11月9日に立体音響向けの新たな規格「Immersive Audio Model and Formats(IAMF)」を公開しました。IAMFはGoogleとSamsungなどが開発に貢献した規格で、AOMediaのロイヤリティフリーな
ライセンスで提供されています。
Immersive Audio Model and Formats
https://aomediacodec.github.io/iamf/

IAMFの特徴は特定の音声圧縮方式に依存しないこと。例えば、一般的な音声ファイルではAACやOpusなどの方式を使って音声を圧縮しますが、IAMFそのものは音声を圧縮するコーデックではなく、OpusやPCM、AAC、FLACなどの音声データを扱えるコンテナ規格です。
また、複数の方式で立体音響を扱えるのも特徴です。例えば、ステレオ音声や5.1chサラウンドのように、スピーカーの配置に合わせて音声を分ける「チャンネルベース」という方式に対応しています。高さ方向の音声を追加した5.1.2chや7.1.4chなども扱えるため、頭上から聞こえる音も再現できます。

また、IAMFは特定のスピーカー配置を前提とせず、周囲360度の音を立体的に記録・表現する「Ambisonics(アンビソニックス)」にも対応しています。Ambisonicsは、前後左右だけでなく上下方向の音も扱えるため、周囲の音を立体的に収録するマイクなどで利用されており、収録地点の周囲から聞こえる音を立体的に記録できます。この方式で収録した音声も、IAMFを使って配信できます。
また、IAMFには複数の音声をどのように組み合わせて再生するかを指定する「Mix Presentation」という仕組みがあります。IAMFでは1つの音声ファイルに複数の音の素材(Audio Elements)が含まれており、これらのAudio Elementsをどのスピーカー環境に向けて、どう組み合わせて再生するかを定義できます。これにより、例えば映画のセリフと効果音を別々に扱い、視聴者がセリフの音量を調整できるような構成も可能です。

このIAMFを基盤として開発された立体音響技術が「Eclipsa Audio」です。IAMFが立体音響データの記録や再生方法などを定めた規格であるのに対し、Eclipsa AudioはIAMFを利用して立体音響コンテンツの制作から配信、再生までを実現するための技術やツールを含みます。つまり、Eclipsa AudioはIAMFという共通の規格を利用することで、特定の企業が提供する技術に依存せず、さまざまな機器やソフトウェアで立体音響を扱えるようにすることを目指しているというわけです。
Eclipsa Audioは再生環境に合わせて音を変換できます。例えば同じ立体音響コンテンツでも、ホームシアターのように多数のスピーカーを備えた環境と、ヘッドホンだけを使う環境では音の再現方法が異なります。Eclipsa Audioでは再生する機器に応じて音声を処理する「レンダリング」という仕組みを利用し、複数のスピーカーがある場合は、それぞれの配置に合わせて音声を出力し、ヘッドホンの場合は左右の耳に届く音の違いを利用する「バイノーラル再生」によって立体感を表現します。
Googleは立体音響コンテンツを制作するための無料のオープンソースプラグイン「Eclipsa Audio Plugins」を2025年6月に公開しました。このプラグインを使うと、対応する音声編集ソフトや動画編集ソフト上で音の方向や配置を調整し、IAMF形式の音声ファイルや、Eclipsa Audioに対応したMP4形式の動画を書き出すことができます。
Eclipsa Audio Plugins
https://www.eclipsaapp.com/

YouTubeも2025年1月からEclipsa Audioに対応しており、IAMF形式の音声を含む動画をアップロードできるようになりました。YouTubeではEclipsa Audio形式のPCM音声とOpus音声に対応しており、対応するテレビやサウンドバーなどで立体音響を再生できます。これにより、個人の動画制作者も立体音響を使ったコンテンツをYouTubeで公開できるようになりました。
Eclipsa Audio Pluginsは、個々の音声を3次元空間に配置する「Eclipsa Audio Element Plugin」と、複数の音声をまとめて管理する「Eclipsa Audio Renderer Plugin」の2つで構成されています。音声ごとに聞こえる方向を設定したり、スピーカーやヘッドホンでどのように再生されるかを確認したりでき、完成した音声を動画と組み合わせればYouTubeにアップロードできるMP4ファイルも作成可能です。
公開当初はmacOS版のAvid Pro Toolsに対応していましたが、その後、Windowsにも対応し、REAPER、Logic Pro、Adobe Premiereなどでも利用できるようになりました。プラグインは公式サイトから無料でダウンロードでき、ソースコードもGitHubで公開されています。また、AOMediaもIAMFを扱うためのオープンソースツールを提供しており、開発者が独自の対応ソフトウェアを開発できる環境も整えられています。
さらに2026年5月には、AOMediaが立体音響を再生環境に合わせて処理する「Open Audio Renderer(OAR)」のバージョン1.0を公開しました。OARはIAMFに対応する音声レンダラーの仕様で、スピーカーやヘッドホンに合わせた立体音響の再生方法を定めています。これにより、IAMFで音声を記録・配信する仕組みに加えて、再生側の処理についても共通の技術基盤が整えられました。
GitHub - AOMediaCodec/oar · GitHub
https://github.com/AOMediaCodec/oar
Eclipsa Audioの普及に向けては、Samsungが2025年モデルのテレビ製品で対応を進め、GoogleもYouTubeでEclipsa Audioを含む動画を扱えるようにする取り組みを発表しています。これにより、立体音響コンテンツを制作したユーザーが、対応する動画配信サービスを通じて公開することも可能になりました。
なお、2026年10月にはソニーがEclipsa Audioに対応するスマートフォン向けマイク「ECM-AX10」を発売しました。このECM-AX10は4基の全指向性マイクを搭載し、周囲の音を4チャンネルの1次Ambisonicsとして収録できるのが特徴です。