「今日も一日よろしくお願いします!」
仕込みが始まる前の店内に、青柳凌平氏の力強く爽やかな挨拶が響き渡る。2026年8月、『串カツ田中 尾山台店』の店長に昇進したばかりの彼は、出勤してきたアルバイトスタッフを、ひときわ明るく張りのある声で迎え入れていた。
同店を展開するのは、2026年3月に株式会社串カツ田中ホールディングスから株式会社ユニシアホールディングスへ商号を改め、世界への挑戦を加速させる巨大外食チェーンだ。グループ全体で急成長を続け、売上高は210億円(2025年11月期実績、2026年は364億円予想)を突破。1995年生まれ、今年31歳を迎える青柳氏は、入社わずか9か月で店長へと抜擢された期待の星である。
「お前に使う時間はない」と突き放された時代から“接客の楽しさ”に目覚めるまで
神奈川県横浜市で生まれ育った青柳氏。彼が初めて飲食の世界に足を踏み入れたのは、高校1年生のときだった。大手外食チェーンの和食店で始めた人生初のアルバイト。しかし、そこで待ち受けていたのは過酷な現実だった。右も左も分からない高校生に対し、当時の店長から返ってきたのは耳を疑う言葉だったという。
「分からないことがあって『教えてほしいんですけど』と聞きに行ったとき、今でも忘れられないんですけど、『悪いけど、お前に使う時間はない』って言われたんです。怖っと思って。完全に飲食の仕事がトラウマになりました」と青柳氏は苦笑い交じりに振り返る。わずか3か月で店を去り、飲食の現場から完全に距離を置くこととなった。
その後、姉の紹介で働き始めたのがスーパーマーケットのアルバイトだった。女性スタッフが多く、一から丁寧に仕事を教えてもらえる温かい環境の中で、青柳氏は4年間勤務する。そこで初めて芽生えたのが、接客そのものへの面白さだった。お客と直接言葉を交わし、コミュニケーションを取る時間が楽しく、「自分にとって接客は天職なんじゃないか」と感じるようになったという。
軽音楽部に所属していたのがきっかけで、高校卒業後はエレキギターをゼロから製作・修理する専門学校へ進学。2年間ものづくりの技術を学んだが、卒業後の進路として選んだのは楽器製造工場ではなく、大手楽器販売店だった。
「ものづくりは好きでしたが、スーパーでの経験があったからこそ、工場にこもるのではなく、店舗でお客さまと直接触れ合い、生の声を聞ける現場に立ちたかったんです」
配属された店舗でアルバイトから契約社員へと登用され、通算6年間にわたって販売員として接客の腕を磨き続けた。



