【あたおか】太平洋戦争末期の兵器「人間魚雷:回天」、撃沈敵艦はわずか3隻 死者は106人 その多くは二十歳前後の若者
21歳の特攻隊員“最後の肉声”家族への切実な思い「みんなと一緒に」あす戦後81年【羽鳥慎一モーニングショー】(2026年8月14日) – YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=JqXQalTcE7E兵器の概要と構造
一度出撃すれば生きて帰ることはできない特攻兵器。
「天を巡らし戦局を逆転する」という意図で帝国海軍が開発した1人乗りの人間魚雷 。
先端に大量の爆薬を搭載し、敵艦に向けて突入する設計。
全長15m、直径約1m。内部中央の操縦室は1人がようやく腰掛けられる程度の狭いスペース 。
脱出装置は備えられておらず、出撃は死を意味する構造 。
元特攻隊員(岩井田さん)の証言
上官などから「これが貴様たちの棺桶だ」「これが貴様たちの家だ」と言い渡されていた。
操縦は極めて困難で、潜望鏡で敵の進行方向や速度を正確に把握することはほぼ不可能であり、勘や当てずっぽうで行うしかない状況だった 。
そのため「命中したら奇跡」というほどの実態であったと証言されている 。
訓練地と初出撃
山口県大津島に訓練基地が置かれ、400人以上が厳しい訓練に従事した。
1944年11月、大津島から初出撃。ウルシー環礁で米海軍の給油艦1隻を撃沈した 。
日本側はこの結果を「絶大な戦果」と過大評価し、その後も出撃が継続された 。
作戦全体の結末と犠牲
終戦まで作戦は続けられたが、大半は失敗に終わった。
回天によって撃沈が確認された敵艦はわずか3隻にとどまる 。
回天搭乗員の戦死者は106人にのぼり、その多くは二十歳前後の若者であった 。
